最近のスチル撮影ではデジタルカメラが中心です。ただ、銀塩(フィルム)カメラも使用頻度・撮影枚数は極端に減ってはいますが健在、銀塩でなくては撮影できない被写体やシーンがあるのも事実です。フィルム特有のシャドー部の表現や質感表現は捨てがたいと思っています。対してデジタルはシャープな再現性が最大の売りでしょうか、フィルムよりもはるかに細密な描写力と暗部でも光が廻り“黒つぶれ”なく表現される写真はフィルム写真と全くの別物、“黒澤映画とハイビジョンスポーツ中継”程の違いを感じてしまいます。どちらも其々の持ち味を出してやってゆこうかなと思っています。
デジタルカメラを使い始めて約5年、水中での使用も約3年になります。水中という特殊環境は陸上で置き換えれば“視界2〜30mの霧の中”で撮影しているのと同じです。レンズやフィルムが味付けになり現実以上の世界を焼き付けるフィルム、それとも見たままの情景を再現できるデジタルか、悩みは尽きませんが選択肢があることは嬉しい限りです。


 今使っているのはFuji FinePix S3Pro、一世代前のカメラでファインダーの大きさや連続撮影枚数など幾つかの不満はありますが画像自体は十分な表現性を持っているので満足しています、このカメラを「アンティス製Nexus」ハウジングに入れています。カメラ本体が今のカメラに比べて大きめ、それに伴ってハウジングも大きいという欠点はありますがその大きさが幸いしました!ハウジング内部の空洞部が多い為に水中重量は殆ど0gです。水中重量の軽減は私が撮影する上で最も重要な部分です。水中重量が軽くなれば長時間カメラを持っていても疲れ知らず、中性浮力での撮影、片手を体のホールドに使う“片手打ち”の時にもその真価を発揮します。ハウジング内部にウエイトを入れるようにして0〜−100gまで状況に応じて調整出来るようにしています。ファインダーは45度のNexusファインダーを使用、水面を向く上方の撮影やローアングルの撮影には非常に有利です。何よりも“明るく”“ピントの山”が見易いのでワイド撮影時の僅かなピント位置がはっきり判る優れものです。このファインダーはバックプレートから大きく突き出しているので導入に一抹の不安がありましたが使って見ると全く問題はありません。昨年と今年の二回、私は車からハウジングが落下させてしまいました、その内一回は後述するスポーツグリップ直撃落下、もう一回はファインダー部直撃落下でした。落下したのはアスファルト、ファインダー外装に傷は付きましたが大きな損傷もなく一番危惧していたアクリル製のバックプレートも割れる事はありませんでした。水中でこれほどの衝撃を与える事は先ずないはずです。車からアスファルトまで約1.5m、荷台からハウジングが傾きスローモーションのように落ちてゆく姿は余りにも衝撃的でしたが・・・。


 グリップはNexusスポーツグリップ&エクステンションを付けています。このグリップは細く薄い為に非常に軽量です。このグリップ部に「日東電工自己融着テープ」を巻いてホールド感を良くしています。流氷撮影などの極寒地での撮影では厚いグローブは必需品、グリップが薄く小さくなった為に非常に握り易くなっています。
フォーカスモード切り替ノブも取り付け、ハウジング正面部下部にはリモートレリーズ用の3ピンコネクターを取り付けてあります。内部のカメラ取り付け板にはの友人の櫻井氏にインターバル回路の設計・製作を頼みその回路を取り付けてあります。この回路はインターバル時間を4段階に設定可能、スタート遅延設定も4段階ありますので、カメラの設置から一定時間が経過してからインターバル撮影ができるようになっています。当然ハウジング外部からもプッシュボタンでのON/OFF・インターバル・スタート遅延設定などの全ての機能を操作可能にしました。



グリップはNEXUSスポーツグリップを装着、そのままでは本体とグリップの間隔が狭くなるので同社製エクステンションを入れてある。背面プレート右下にある2個のボタンはインターバル回路の設定ボタン。




カメラ右下にあるのがインターバル回路、カメラ側の10ピンコネクターに接続。










通常撮影の装備状況。状況に応じてリモートコントロールも出来るようになっている。


 昨年秋に「光映舎製虫の目レンズ」を導入しました。この「虫の目レンズ」、数年前から導入を考えていたのですが実用までは長い道のり、医療用の内視鏡が最有力と思い友人のお医者様を“質問攻め”にしたりしましたがある程度の性能を確保するとなると余りに高価で断念、そうこうしている内に“虫の目用の超小型ドームポート”が使える事となり現時点では性能・費用面を考え実現性の高さから光映舎の物を使う事にしました。虫の目レンズ部とその部分のハウジングは光映舎製です、カメラ自体も散々悩みました、ハードディスクタイプのNEWマシン(XR500)が発売されると聞いていたのでそれを待ち導入を考えましたがTV局の編集環境が暫くは整わないだろうし映像現場ではまだ5〜10年はテープを使うだろうという話も耳に入ってきたのでテープ式のHC-9にしました。ハウジング本体部はフィッシュアイ「Seatool HC-9」用を使いました。


 色々な使い方がある「虫の目レンズ」ですがこのレンズの特徴である最短撮影距離の短さを活かす為には照明方法を考えなくてはいけません。最短撮影距離が極端に近いので陰が出ないようにするには上方かレンズの左右から当てるしかありません、レンズ上方からの光源となると被写体下部に“いやな陰”が出てしまいます。また、被写体だけに光が当たる“スポットライト状”になることも免れません。左右からのライティングでも陰は消せますがやはり“スポットライト状”は免れません、装備自体も大掛かりになり「被写体にストレスを与えずに超接近撮影」とは程遠いものになってしまいます。そうなると解決法は自作、最初は発光部をカメラ側に置き「光学繊維」でレンズポート先端部まで導く方法を考えました。樹脂製光学繊維や通信用の光ファイバーなど試しましたが満足のいく結果は得られませんでした。次に考えたのはLEDを直接ポート部に取り付ける方法でした。
 どの程度の光量が最適かを考えなくてはなりません、LEDのワット数、幾つ必要か、照射角、課題は山積みでした。何社かのLEDメーカーに問い合わせをして使用LEDを選択しました。値段は高目ですが光度は同クラス最高、色度はb2、明るいことはもちろんですが重要視したのは色温度が一定で安定している「日亜化学NSPW500GS-K1」をサンプルで20個購入。このLED、照射角度は15度ですが拡散キャップを取り付けることで虫の目レンズの超広角にも対応できました。この拡散キャップ、思わぬところで良い効果を得られました。まず光が良い感じに柔らかくなったこと、そして拡散キャップを付けることで色度が問題ないところまで下がったことです。LEDは色度が高いので被写体の色バランスが崩れるのが難点だったのでこれをどう処理するか迷っていたのです。




カメラを逆さまにして撮影する時にはこのような形になる。逆さまにする事によって地面からレンズの中心高が数センチ低くなり“より臨場感が出せる”ようになる。画像は編集時に正向きにする(当然か)


 ここでやっと実験用LEDの製作です。LEDに配線を半田付けしてからシリコンと樹脂で防水処理をして実験用の物を作りました。因みにシリコンは電気配線を腐食しない脱アセトンタイプの「信越化学工業KE-347T」です。個数や配列を変えては電気を消して暗闇の部屋でデジカメを使って結果を検証しました。人間の目というのは便利で見た目は同じように見えてしまいますがデジカメで撮影してみると色度・照射角等がはっきりします。幾度のテストを繰り返し、満足の行く結果を得る事が出来ました。




試作のLEDヘッド。リード線を結線してから液体樹脂で固め外装に熱収縮チューブを装着、更に樹脂と熱収縮チューブの隙間にシリコンを圧入して熱収縮チューブを加熱して防水性を高めたが装着のし辛さと多くの配線がカメラを這う事になるのでこの方式を断念した。


 ここで本番製作と思ったのですがこの状態では配線はむき出し、着脱や保守に問題があることは一目瞭然です。現場の色々な状況で臨機応変に仕様を変えることは十分に有りえること、簡単に外せて壊れない、もしトラブルがあったとしても短時間で修理が可能でなければ折角のチャンスも無駄にしてしまうので基本から考え直しです。「LEDを配線した状態で樹脂等を使い固めてしまえば良いのではないか」とここで再度試作を開始しました。先ずはABS樹脂でオス型を手作りしてそれに型取用シリコンゴムを注入してメス型を作りLEDと配線を封入してしまうことにしました。水圧が掛かった時にはより防水性が高くなると考えて試作した封入材は“低粘度シリコンゴム”でした。これで完璧と思ったのですが・・・・、期待を込めて注入、「硬化を待つ間も待ちどおしい」、しかしメス型から取り出そうとした時“ぽろり”と欠けてしまい出来上がったものは“ぼろぼろ”の状態でした。この時はじめて耐衝撃性に難があることが判明、この後レジン樹脂等色々と試作、硬さに問題があったり、硬化時の温度が高くLEDを損傷したり、気泡が入ってしまったりと試行錯誤の連続でした。最後にたどり着いたのはエポキシ樹脂です。この樹脂はLEDのレンズ部(?)と同じ材質ですから食い付きも問題なし、コンクリートに投付けても大丈夫だったので耐衝撃性も十分です。いや〜苦労しました。




@先ずダミーのオス型をABS樹脂で製作。



A型取用シリコンゴムでメス型用の型を取る。




Bその後の作業をしやすくメス型をカットした状態。



Cメス型を利用して配線をおこなう。




D配線を終えたヘッド部、この後防水の為の作業が続く。



E完成したライトヘッド部




レンズ部に装着した状態。(数々の耐久テストの為かなり痛んでいますが・・・)




 電源部は単三電池を使用するようにしました。電源がどのような場所でも入手が可能なのも大事な部分です。電源部が大きくならないように4本使用として電流が安定して照度が変化しないように電流安定回路を入れて出来るだけコンパクトになるようにしました。電源部ハウジング製作は「プルーフ」にお願いしました、防水ゴムは多くの水中機材で使われているOリングではなくU字型のゴムを使用しています。この防水パッキンは中々の優れ物でグリスを使ったり溝の清掃をしたり等の神経を使う作業をしなくても大丈夫!もちろん裏蓋の当たり面とゴムの当たり面は指先で“なめて”ゴミを取り除きますが波などの不測の外圧にもビクともしません。「プルーフ」の大部分に採用されている優れものです。




電源部、本体との装着はホットシューベースでおこなう。




電源部の防水パッキン、通常のOリングではなくU字型のゴムを使用している。Oリングに比べて瞬間的な外圧に強く保守点検も楽。


 側面ミラーやビューファインダーでは細密なピント調整やフレーミングが出来ないので2ピンの映像出力コネクターを本体後部に増設して「フィッシュアイ製ワイド液晶モニター」で画像を見ることが出来るようにしました。




「Octopus eye」+リングライトで撮影した画像。瓶の中の尾鰭まで描写している。上からの1灯だけだとミジンベニハゼの体の部分は“茶色い瓶”の色が出てしまい、顎の部分は陰になるので黒くつぶれてしまう。(ハイビジョン映像より)


 当初はグリップコントロールの一箇所の回路を変更してインターバル録画を出来るようにしましたが現在はハウジング本体のサイド液晶覗き窓部を改造してサブコン3ピンコネクターを取り付けてLANC端子を利用して〈ON/OFF・MF/AF切り替え・ズーム操作・フォーカス操作・インターバル時間設定・録画時間設定・スタート遅延設定〉が外部からリモートコントロール出来るようにしました。この回路設計・製作もスチルカメラ回路と同様に櫻井氏にお願いしました。この仕様に改造したお陰でカメラから離れて操作と前述のモニターを延長ケーブルで伸ばせば撮影画像を見ながらリモート操作をする事ができます。


 散々苦労して出来あがった虫の目用カメラ、被写体により迫り“臨場感を出すワンポイント映像”に役立っています。水中で使用なので「魚の目カメラ」となるのでしょうが“なにか痛そう”、獲物に忍び寄る撮影法から「オクトパス・アイ(Octopus eye)」と名付けました。撮影現場では“ここ一番の”場面で活躍しています。


* 2009年10月11日(日)NHK「ダーウィンが来た」(予定)でこの「Octopus eye」を使用し撮影した映像が
  放映されます、是非ご覧ください。

* 光映舎虫の目レンズ用照明装置をご希望の方製作いたします(予価\80,000)。
  ご一報下さい。ただ申し訳ありませんが納期に1〜2ヶ月程度かかります。
  ライト部内径25.5mm(光映舎虫の目外径25.5mm対応)



 

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